かまいたちってどんな芸人?
かまいたちは、ボケ担当の山内健司とツッコミ担当の濱家隆一が2004年に結成した、吉本興業所属のお笑いコンビです。
キングオブコント2017で見事優勝し、M-1グランプリの決勝の常連でもある、お笑いのネタにおいては最強と言ってよい芸人でしょう。
M-1グランプリは2019年がラストイヤーで、惜しくもミルクボーイに敗れて準優勝となり、キングオブコントとM-1での同時優勝という史上初の快挙は逃してしまいました。
しかし、その披露したネタの完成度は各所から絶賛されています。
かまいたちは3年連続でM-1グランプリの決勝に残り、 2017年に4位、2018年に5位、2019年に2位という結果を残しています。
2019年に初めて最終決戦まで残り、数々の漫才師にその技術を認められたかまいたちは、これまでとは何が違ったのでしょうか。
2018年のM-1ネタには何が足りなかったのか?
2018年のM-1グランプリ決勝で、かまいたちは「タイムマシーン」のネタを披露しました。
ネタの内容は、山内がもしタイムマシーンを使うことができたら、過去に戻って今まで貯めていなかったポイントカードを作るということを理屈っぽく主張するというものです。
ポイントカードを作るというくだらない主張ですが、山内が妙に説得力のある理論を含ませながら必死に主張していく様が非常に面白いネタです。
しかし、結果は上述の通り4位で、惜しくも最終決戦には残ることができませんでした。
2018年のかまいたちのネタには何が足りなかったのでしょうか。
2018年のM-1で審査員もしていたナイツ塙は著書『言い訳』の中で、かまいたちには漫才において重要な「三角形」ができていなかったと述べています。
漫才における「三角形」とは何か。それを説明するには、ブラックマヨネーズのネタが参考になると思います。(中略)あのように、掛け合いでうねらせていくのは、理想の漫才だと思います。ボケとツッコミと客席と、きれいな正三角形ができていました。
ボケ、ツッコミ、客席が全て一体となって作り上げるのが漫才の理想形だと塙は考えています。
ボケとツッコミだけがやり取りをしていて客を無視していては横の直線になってしまいますし、ボケが客席しか見ておらず、ツッコミを無視していても縦の直線になってしまいます。
塙自身も、2008年にM-1グランプリに出場者として参加した時に、トイレで偶然会った島田紳助に三角形が作れていないことを指摘されたそうです。
当時のナイツのネタは塙が小ボケを連発しているだけで、ツッコミの土屋が機能していなかったのです。
そして、2018年のかまいたちのM-1ネタも、同様に三角形が出来ていなかったと塙は指摘しています。
山内君は怒りを前面に押し出してくるのですが、それはどこまでいっても「俺はこうだ!」「俺はこうしたい!」という主張に過ぎない。(中略)主張とは本来、黙って耳を傾けるものです。したがって、ツッコミの濱家君も「わかるけどな」とか「思うか!」程度のことしか言えず、掛け合っているようで、掛け合っていませんでした。そのため、山内君の主張パートはウケるけど、濱家君のツッコミでは笑いは起きないのです。(中略)つまり、相方とも、客席とも、結ばれていない漫才、つまり「点」に見えてしまいました。
山内が論理的なようで間違っている主張を繰り返すところを楽しむネタである性質上、山内がある程度周囲を無視して自分の意見を力説しなければならないのは仕方ないことでしょう。
しかし、漫才という競技を考えると、それでは高評価に繋がらなかったのです。
こうしたかまいたちの漫才スタイルが持つ根源的な欠点を克服できず、かまいたちの2018年のM-1は幕を閉じます。
2019年のM-1ネタは何が凄かったのか?
結成15年目を迎え、2019年にM-1ラストイヤーとなったかまいたちは、再び決勝に進出します。
決勝1stラウンドで行ったネタは「UFJ」です。
正直言ってお笑いファンの方では知らない人がいないほど有名なネタで、数年前からテレビでも披露されていたネタです。
ネタの内容は山内が序盤に「USJ(テーマパーク)」に行ったと言いたかったところを「UFJ(銀行)」と言い間違えるも、その間違えを頑なに認めないというものです。
確実に言い間違えたのにも関わらず、一切間違えを認めず必死に自分の正しさを主張する山内の狂気と、それに対し、濱家が恐れ震える様子が非常に面白い名作です。
2018年のM-1では「三角形」を作れず「点」となってしまっていたかまいたちですが、今回のネタでは山内と濱家がしっかりと喧嘩交じりの掛け合いを見せ、濱家の恐怖と呆れが観客の共感を呼ぶことで、きれいな「三角形」を見事に作り上げていました。
ネタの真新しさは無かったものの、こうしたボケ・ツッコミ・観客が一体となった漫才を完璧に行ったかまいたちの漫才の技術は誰もが賞賛するところとなりました。
塙の『言い訳』の内容を知ってか知らずか、観客をどんどん取り込もうとしていく工夫をすぐに漫才に取り入れることのできるかまいたちは流石の一言です。
そして、観客をネタに巻き込んでいこうという仕掛けの最たる例が最終決戦で披露したネタにあります。
決勝戦のネタのオチは決まっていなかった!?
2019年のM-1グランプリ1stラウンドで見事2位になったかまいたちは、最終決戦で「トトロ」のネタを披露します。
これは山内がこれまで『となりのトトロ』を一度も見たことが無いことを自慢するというネタで、一見何も凄くなさそうな自慢を屁理屈でどんどんもっともらしく見せていくというかまいたちが得意なスタイルのネタです。
最後は濱家が客席に向かってトトロを見たことが無い人がいるかを尋ね、数人が挙手をすると、山内が苦し紛れに「実は『火垂るの墓』も観たことが無い」というのがこの漫才のオチです。
滅茶苦茶な主張を繰り返す山内が完璧に論破され、漫才の締めとして非常に綺麗に見えるオチですが、実はこれにはとんでもない仕掛けがあります。
それは、この漫才にはオチが2パターンあったということです。
当然ですが、客席が1人も挙手をしなかった場合はこのオチは成立しません。
かまいたちはその場合に備えて、幻の2つ目のオチが用意されていたと後に明かしています。
漫才における「三角形」を作る上で、オチを観客に委ねる以上のことはできないのではないでしょうか。
そこからも、かまいたちがどれだけ観客を漫才に巻き込もうと苦心したのかが読み取れます。
結果は惜しくも1stラウンドの勢いに乗ったまま流れに乗ったミルクボーイに負けてしまいましたが、見事準優勝をし、その漫才の実力は誰もが認めるものとなりました。
ミルクボーイ優勝の裏で隠しきれなかった悔しそうな表情から、 かまいたちがどれだけ漫才のことを考えてきたのかが伝わってきます。
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