ナイツ塙『言い訳』~関東芸人がM-1で勝てない理由~ 感想・レビュー

ナイツ塙M-1分析お笑い論
『言い訳』

ナイツ塙ってどんな人?

ナイツは2000年に結成されたマセキ芸能者所属のお笑いコンビで、ボケ担当の塙とツッコミ担当の土屋から成る2人組です。

ナイツは2008年以降、3年連続でM-1グランプリの決勝に進出しており、誰もがその漫才の実力を認めています。

そして、塙は2018年からはM-1の審査員に選ばれ、今では漫才を審査する側の立場となっています。

出場者としても審査員としても活躍するナイツの塙はまさにM-1のプロフェッショナルと言えます。

今回はそんな塙がM-1について語った漫才のバイブル『言い訳』について紹介したいと思います。

『言い訳』ってどんな本?

『言い訳』はナイツ塙が M-1グランプリについて出場者・審査員の両方の立場から書いた本です。

ナイツはM-1グランプリの決勝に3度進出していながらも、優勝することはできませんでした。

それには、M-1グランプリ特有の空気によってナイツを含む関東の芸人がM-1で勝ちづらかったり、4分というネタ時間がナイツの漫才に合っていなかったりと、様々な要因があります。

そして、今ではM-1の審査員をしていますが、お笑いに点数を付けるのはナンセンスだという考えもある中、若手の漫才を見て厳密な基準を持って点数を付けなければならない非常につらい立場にあると言えます。

『言い訳』は、塙がそういった状況の中、M-1グランプリについて考えた、見ようによっては「言い訳」ともとれる内容を語った名著です。

ナイツ塙が『言い訳』で語ったM-1攻略法

漫才は練習し過ぎてはいけない

M-1の決勝が近づいていくると、僕らはよく「今年の〇〇は仕上がってんな」みたいな言い方をします。中川家は、その表現をものすごく嫌います。(中略)実際、中川家は、練習し過ぎないようにしているようです。僕もそこは同意見ですね。というのも、ネタ合わせをしないでやったほうが、本番で断然ウケるんです。

個人的な好みにもよるのでしょうが、塙は中川家と同様、漫才は生物だと考えています。

そのため、NONSTYLEやキングコングのように、ボケとツッコミのテンポが見事過ぎて練習量が伝わってくるような漫才はあまり好きではないようです。

練習をし過ぎると、漫才中のセリフを機械のように発して受け止めるだけになるため、日常会話のようなリアル感が損なわれてしまうためです。

実際、ナイツの漫才では、塙が台本に無いボケをたまに入れることで、土屋の緊張感を保っているようです。

そうした「次に何を言ってくるかわからない」という緊張感を維持することで、日常会話のように本気で相手の話を聞こうという空気が保たれるのです。

島田紳助が漫才について研究したDVDで、漫才師の中ではバイブルとして扱われている『助竜の研究』でも、同様の理由で漫才は練習しない方が良いという内容が語られています。

以下の記事では島田紳助の漫才の考え方を紹介しています↓

究極の漫才は人間味で笑わせること

人間味は説明するものではなく、感じてもらうものです。いい手本は、〇五年王者のブラックマヨネーズのネタです。四分を通し、こういう人物なのだということが伝わってきました。(中略)お笑いというエンターテイメントにおいて、最強の武器は、お客さんに人間そのものがおもしろいと思ってもらえることです。

ブラックマヨネーズが決勝に進出した2015年M-1グランプリの1本目のネタは、ボケの吉田がツッコミの小杉に対して、恋人を初デートに誘う時に、どこが良いかと相談するというネタでした。

小杉は様々なボーリングに行くことを提案するのですが、極度の心配性の吉田は次々とくだらない心配事を挙げていきます。

それに対してお人好しでお節介な小杉は、呆れながらもその悩みに付き合ってあげるも、最後は自己崩壊を起こしてしまい、逆に吉田がまともな人間に見えてきます。

4分という短い時間でここまでコンビの人間性を感じてもらえるネタを作ったブラックマヨネーズは、流石の一言です。

塙はこのネタをM-1の瞬間最大風速だったのではないかと考えているようです。

また、惜しくも笑い飯に敗れて準優勝となったスリムクラブの漫才も、人間味で笑わせるネタの代表だと言えるでしょう。

スリムクラブのスローテンポな漫才からは、沖縄生まれの真栄田と内間のゆったりとして人間性が感じられます。

以下の記事では、スリムクラブが何のためにスローテンポな漫才を行ったのかについて考察しています↓

非関西弁の芸人にしゃべくり漫才は難しい

これまでのM-1グランプリで優勝した非関西弁のコンビは、アンタッチャブル、サンドウィッチマン、トレンディエンジェルだけで、残りのM-1チャンピオンは全て関西芸人です。

そしてM-1で優勝した関東系の芸人は、正統派と言われるしゃべくり漫才で優勝しておらず、全組がコント漫才で優勝を勝ち取っています。

その理由は、関東弁は関西弁よりも感情を乗せづらいからです。

しゃべくり漫才で4分という短い時間のM-1で優勝するためには、圧倒的な勢いと熱量が必要です。

関西弁であれば「なんでやねん!」「もうええわ!」といった言葉で、感情を前面に表現しやすいですが、関東弁にはそれが難しいです。

そのため、魂のこもった関西弁で行われるしゃべくり漫才と比べると、関東弁のしゃべくり漫才は勢いや熱量と言った面で、どうしても見劣りしてしまします。

そんな中、アンタッチャブルは非関西弁ながら、関東勢で初のM-1チャンピオンになったのですが、塙はその理由をこう分析しています。

(アンタッチャブル)柴田さんの口調は、どこか「べらんめえ調」を連想させますよね。いわゆる江戸言葉です。「てやんでぇ」「こんちくしょー」みたいな。威勢がよくて歯切れがいい。柴田さんがどうやってあの言葉を身につけたのかはわからないのですが、江戸弁を繰れるなら、関西弁にも対抗できるかもしれません。

関東芸人として初めてM-1で優勝したアンタッチャブルは、関東弁ながらも「べらんめえ調」の言葉を使うことで、M-1優勝に必要な熱量を手に入れていたのです。

また、塙は関東芸人がM-1で勝つためには、熱量を乗せづらい正統派しゃべくり漫才は避け、標準語というハンディキャップが軽減しやすいコント漫才を作るべきだと考えているようです。

以下の記事では漫才のスタイルや型について紹介しています↓

まとめ

いかがだったでしょうか。

ナイツ塙が漫才・M-1グランプリについてどのような考え方を持っているか、少しわかった気がします。

こうした考えを知った上で漫才や審査員の点数を見ると、これまでと違った新しい視点でお笑い賞レースを楽しむことができるかもしれません。

紹介した内容以外にも、個々の芸人の漫才の分析や、審査員としての漫才の見方など、お笑いファンは必読の名作ですので、是非一度は読んでみることをオススメします。

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